初対面
本当は赤ちゃんが産まれてすぐにパパは赤ちゃんと対面していた。
そして産後の身体にショックを与えてはいけないからと、私には赤ちゃんのことを内緒に
するように言われていたそうだ。
何も知らずに嬉しそうにしている私と会話するのは辛かったに違いない。
私達の赤ちゃんはハンデを持って産まれてきた。
左手の手首から上がお腹の中で育っていなかった。
その日の朝、検診に回ってきた看護婦さんが、
「先生からお話がありますから、ナース室に行って下さい」と言った。
胸騒ぎがした。
ナース室に行く途中、やっぱり脳性麻痺なのかな、と考えていた。
ナース室に入ると朝早いというのにパパがいた。
私を見て笑っているけれど笑っていない。
心臓が苦しくなってきた。
部屋には偉い先生と、担当の先生、産婆さんと看護婦さんがいた。
「おめでとうございます。実は、赤ちゃんね、ちょっとハンデを持って
産まれてきたんです」
私はパパと手を握った。手が震えていた。
直接見た方がいいから、とタオルにくるまれた赤ちゃんを連れた看護婦さんが
入ってきた。
赤ちゃんを見た瞬間、私は涙が止まらなかった。
智礼、ごめんなさい。
五体満足に産んであげられなくてごめんなさい。
これから始まる人生に完全な状態でこの世に送り出してあげられなくて、ごめんなさい。
パパ、あなたの子供を五体満足に産んであげられなくてごめんなさい。
お父さん、お母さん、そしてパパの両親にも、初孫を五体満足の状態で産んであげられなかった、
本当にごめんなさい。
それからしばらく、私は泣いた。
私は子供に満足な身体をあげられなかった。
どうやって償ったらいいのだろう。
どうしたら許してもらえるのだろう。
どうして満足な身体をプレゼントしてあげられなかったのだろう。
謝ってばかりの私にパパは
「なんで、ごめんなさいなの?」
といった。
でも私にとっては、智礼の身体を作ったのは私で、
五体満足で産んであげられなかったのには私に原因がある。
私が悪いんだ、としか考えられなかった。
「大丈夫。片手が無くてももう一方があるから、何でも自分で出来るよ。」
「他にも、もっと辛い状態で産まれてきた子供もいる。左手くらい大丈夫」
「手のほかはあるんだからいいじゃない」
周りの人は親切心から、色々といってくれた。
でも私が泣いているのは、そんなことではない。
この子が一人でなんでも出来るようになるのはわかっている。
もっと重い障害を持った人がいることもわかっている。
でも、そういう事ではない。
‘私’が‘智礼’に満足な身体をプレゼントしてあげられなかった。
ハンデを持った人や、その家族と関わる機会が多かった学生時代。
ボランティア先の家で、先輩ボランティアの方がママさんに言っていた言葉。
「神様は子供の親を選ぶ時にその子をきちんと愛して育ててくれる人を選ぶ。
だから、この子はあなたを親に選んで産まれてきたのよ。」
障害児を持った母、というように見ていた私はこの言葉を聞いて、その通りだと
思っていた。こんなに優しいママさんでなかったらハンデのある子供を受け入れて
育てるのは難しいんだろう、と。
でも出産という体験を通して、私は見方が変わっていた。
私は障害を持った子供を産んだのではなく、産んだ子供に障害を持たせた。
だから病院で同じ様な言葉を聞かされて、苦しかった。
みんなは私に気を使ってくれる。でも違う。悪いのは私なのだ。
障害を持った子≠産んだ母親、という目で私を見て、元気つけようとしないで。
子供に障害を負わせた母親なのだ、と私を責めて欲しい。
誰のせいでもない、原因もわからない、防ぐこともできなかった。
他の妊婦さんと変わらない生活をしてきた。
でも、なんで私が、どうして私の所だけ、と思ったことだけはなかった。
智礼のハンデのことは、ありのままに受け入れていた。
この子は私のお腹で育って産まれてきたのだ。
だから悪いのは私なのだと思っていた。
ごめんなさい、智礼。ごめんなさい、パパ。
考えることはこれしかなかった。
誰かに「あなたは何も悪くない」と言って欲しかったのかもしれない。
この日の夜、睡眠薬を処方するかと看護婦さんに聞かれた。
薬を飲むと授乳はできない。
可愛い智礼がお腹を空かせ、母を求めて泣いているのに睡眠薬なんかを飲んで
眠っている場合ではない。
泣きはらして赤い目をしていても智礼に会うと涙は出てこなかった。
自然と笑顔になった。
私に抱かれておっぱいを飲んでいる智礼を見ていると幸せだった。
でも一人でベッドにいる時は涙が溢れてとまらなかった。
パパは辛かったと思う。
自分もショックを受けて、でも私を支えなくてはいけない。
私の両親、自分の両親、会社の人に事情を説明しなくてはならない。
この時の辛さを話してくれたのは、ずっと後になってからだった。
ありがとうね、パパ。
私よりもずっとずっと辛かったよね。
そういえば、私は他の妊婦さんとは別の部屋で、病気で入院している人と同室だった。
病院の気配りなんだろうけれど、私はみんなと一緒の部屋にいきたかった。
言えばそうしてくれたのだろうけれど、わざわざ言うのも面倒で、そのままだったなぁ。