出産

予定日が近くなると腰が痛いし、お腹は張るしで、しんどかった。

これがおしるし=H というような微量の(本当に微かな)出血もあった。

そろそろなんだなぁとわかっていても何もすることはない。

いつも通りに散歩をして過ごしていた。

私は実家の一階に寝ていたのだが、父親が「ブザーを付けて緊急時には二階に寝ている

両親を呼べるようにしようか。

階段は危ないから」と言ってくれた。

何かあったら大声で呼ぶから大丈夫だよ、と思ったが、そういえば私の父親は

自分の娘の出産の時は家にいなかったから、

どうなるか予想ができなくて当然だったのかもしれない。

そして、一生懸命に娘の一大事に備えて考えてくれての提案だったに違いない。

母親は「私の時はこんなに心配していなかった」と不満気に言っていた。

予定日の前日の夜からお腹が痛みだした。

お腹を下したような鈍い痛み。

結局はこれが陣痛の始まりだったのだけど、それほど痛いわけでもないし、時々しか

痛くないからと思っていた。

23時頃から眠れないことに気がつく。

一時間に一度、トイレに10分。

これが朝の4時頃まで続いた。

トイレにいない50分は布団でお腹を抱えて腰を伸ばしていた。

5時30分ころ母親が起床。

どうしても腰とお腹が痛くてお風呂に入った。

上がってしばらくすると、何故だか分からないけれど、嫌な予感がして生理用ナプキンを付けた。

そしてそのすぐ後にお腹から「パンッ!」という破裂音がして破水した。

水がドバッと大量に出て、すぐにわかった。

今でもどうして生理用ナプキンを付けるように思ったか、わからない。

これが身体が知っている、ということなんだな、と思った。

「破水したみたい。病院に電話する」

電話では陣痛の間隔といつから10分間隔になったかを聞かれたが、

、計っていなかったので、よくわからない。

とりあえず4時ごろと言っておいた。実際にはよく分からない。

破水してから急にお腹の痛みが強くなって気がする。

歩くのも痛くて前かがみになってしまう。

まず内診。すぐに剃毛。

ここで付き添いの母親は家に戻ってしまった。

私は体重を計ってすぐに陣痛監視装置を付けた。

「大体何分間隔かわかりますか」

「10分くらいですか?」

本当はもっと間隔が短いと言われた。正確には何分と言われたが覚えていない。

ただ、内診時の子宮口は6cm開いていたという。

随分と我慢しましたね、と言われたが、それ程耐えた気はしない。

母親から、痛くて痛くてお腹を抱えるくらいだと聞いていたので、陣痛だとは思わなかったのだ。

午前中には産まれると言われて陣痛監視装置を付けたまま待機。

しばらくして内診をすると子宮口は10cm開いているということで分娩室へ移動。

最近は楽な姿勢で産むのがブーム(?)らしいが、この病院では従来の分娩スタイル。

足が身体より上の位置だから力が入らない。

身体を少し起こしてもらうが、天井から吊るしてあるライトを見ながらその方向に

いきむ為、やっぱり足の方が上にくる。

仰向けに寝ているが、腰が辛い。

腰をマッサージしてもらうと少し楽になった。

この時は、

「そう言えば浣腸をしていない。何度もトイレに行ったけど大丈夫なのだろうか?」

なんて考える余裕もあった。

陣痛の間隔も短くなっていよいよ産まれそう。

頭が降りてきたのに、見えてきたのに、なかなか出てこない。

どうやら陣痛が弱いらしく、一度の波で一回しかいきめない。

手がしびれて来て(過呼吸の為)ビニール袋を口に当ててもらった。

陣痛の波を装置で確かめながら、産婆さんがお腹の上に乗った。

それでも出てこない。

私はお腹に話し掛けた。

早く出ておいでよ。

早く会いたいよ。

ママも頑張るから智礼も頑張ってね。

内診をした先生と看護婦さんが顔を見合わせて何かをボソボソと言っているのが見えた。

吸引をすると言われた。

吸引の機械は想像以上に凄い音がする。そんな物で赤ちゃんを引っ張って大丈夫なのだろうか? 

結局お腹の上に産婆さんが乗ったり、私の身体を押さえる人がいたり、吸引したりで、

4人がかりでのクライマックスだった。

骨盤がグッと押された感じで赤ちゃんが産まれた。

すぐに産声が上がった。

産まれたんだな、と思った途端に産婆さんからタオルを渡された。

「タオルを顔に当てて、目をつぶっていなさい」

赤ちゃんは私の足側の窓際で、体重計のある机の方に連れていかれた。

「今、飲み込んでいる羊水を吸い出しますね。お母さんは力を抜いていて下さい」

でも私は泣いている赤ちゃんを目で追っていた。

泣いている。元気に泣いている。よかった。

手足をバタバタさせているのが見えた。

気力も体力も使った私は、安心して横になっていた。

水を持って来てくれたので口を潤した。

「元気ですよ」

看護婦さんが笑っていったのを覚えている。

私は赤ちゃんに話し掛けた。

おめでとう。元気に泣いているね。

やっと会えるね。

これからよろしくね。

早くダッコしたいよ。

ママの顔を見て欲しいよ。

赤ちゃんをダッコさせて欲しいと何度も頼んだ。

でも今は処置をしているから、身体をお風呂で奇麗にしてから、

お母さんも疲れているから、とその度に理由を付けて後回しにされた。

達成感で一杯だった私は、不思議と変だとは思わなかった。

総合病院って、こんな感じなのかなと思っただけだった。

処置室で2時間、その後車椅子で病室へ運ばれた。

待ち合いのベンチで母親とパパがいた。

その時、初めてパパが来ていたのを知った。

8時間はベッドから動けない。

赤ちゃんを見たいと、この時も頼んだが、理由を付けて断られた。

「赤ちゃん、見た?」

「ちょっとだけ」

「私、まだなんだよ。すぐに見せてくれると思ったのに」

パパと話をしていると、父親が会社を早退して駆けつけてくれた。

花を持っての登場に、嬉しいやら、恥ずかしいやら。

その後両親が帰ってパパに出産の話などをしようとしたが、何故かパパは

雑誌を買ってくるだの、電話をしなくちゃ、だの言って、なんだかソワソワして

側にいて話を聞こうとしてくれない。

「赤ちゃん、五体満足だった?」

「よく見ていない。顔をちょっと見ただけだよ。五体満足じゃなくてもいいじゃん。

自分達の子供なんだし。」

「そりゃあ、そうなんだけど、普通、産まれた時ってダッコさせてくれたり、

枕元に連れて来てくれたりするよね」

「まぁ、総合病院だし、同じくらいの時間にもう一人産まれてたみたいだからね」

「産まれる時に時間かかって、お腹の上に乗ったりしたんだよ。だから赤ちゃんに酸素が

いかなくて何かあったのかな?」

「でも普通だったよ。」

「まぁ何かあってもいいんだけどね」

「そうだよね」

出産後、8時間がたった。

パパが帰る前に新生児室の開放時間に撮ったビデオを見せてくれていたが、

やっぱり私は赤ちゃんに会いたかった。

ナース室に行って赤ちゃんを見たいと頼んだ。

「赤ちゃんは疲れているから、窓の外から覗くだけ」

といわれて、釼持のネームプレートのついたベッドに眠る赤ちゃんをみた。

ビデオの顔と同じだ。

チューブを付けたり、小さかったりするわけじゃない。元気だ。

私は安心して部屋に戻った。

それでも出産に時間がかかったこと、顔を見合わせた看護婦さん、

ダッコさせてくれないことが気になっていた。

酸素が脳に行かなくて脳性麻痺とかになったのかも、という思いは消えなかった。

でも興奮していたからか、その時はその時、あんなに可愛いのだから、何とかなると

思っていた。

 

妊娠後期   初対面