命名 シチミちゃん

子供を欲しいと思ってすぐに智礼を妊娠した私達にとって、第2子を妊娠するまでは長い道のりでした。

妊娠したと思った途端にトラブルがあったりもしました。

第2子を欲しいと思ってから妊娠までは9ヶ月くらいかかりました。

9ヶ月といえば何の問題も無く、子宝に恵まれているといえるでしょう。

でも漠然と子供ができたらいいな、と考えていられたのは9ヶ月のうちの最初の3ヶ月くらいで

その後は基礎体温のグラフが下がる度に悲しい思いをしました。

公園ママさん友達が妊娠したと聞けば羨ましく思いもして、焦りも感じました。

ちょうど旅行の予定があり、旅行中は三人で楽しむことだけを考えようと思い

体温を測ることを止めた月に妊娠する事ができたようです。

よく不妊治療を止めた途端に妊娠した話などを聞きますが、精神的に追い詰められている間は

コウノトリも訪れてはくれないものなのかと思ったのを覚えています。


今回は生理予定日が10日くらい遅れた頃に市販の検査薬で妊娠反応がでました。

週数を計算して、心音の確認できるという妊娠7週目に病院へ行きました。

予定日は平成13年4月17日。

4月7日生れの智礼の産着なども使い回せるし、マタニティーも前回ので大丈夫。

お金持ちでない私たちにとっては大助かりです。

智礼を連れての妊婦検診は、待ち時間の少ない方がいいので

お友達ママさんから病院の情報収集をしました。

結局、川崎での妊婦検診は待ち時間が一番短いということで、前回通った病院に決定。

里帰り先での出産病院はパパの強い希望で、立会い出産のできる個人病院に決めました。


つわりが始まって、智礼との遊びが苦痛になっていきました。

そして同じ頃にアパートの塗装工事が始まり、しばらく海老名の実家に避難させてもらいました。

智礼がいるので寝てばかりいられないし、つわり自体も前回よりは軽かったような気がします。

それでもお腹の子がグンと成長する時にはダルくて辛くて、ゴロゴロ過ごしていたり

イライラしていました。

私の調子の悪さを感じとって、智礼も頑張ってくれました。

どうしても手を掛けてあげられない時には一人でミニカーを並べて遊んだり

本を読んだりしてくれました。

そして、ようやく顔を上げた私に『ママ、調子良くなった?』と聞くのです。


お腹が大きくなってくると、ダッコができません。

それでも妊娠9ヶ月に入るまでは、13kgの智礼をダッコして歩いたり電車に乗ったり。

さすがに辛くなってきたのでダッコできないことを説明して、どうしてもという時には

オンブで我慢してもらうことになりました。

怒られたり転んだりして泣いた時にダッコをせがもうとして

『ママ、ダッコ・・・オンブ! オンブッブ!』と近寄って来る様は可愛いものです。


お腹の子供にはパパの願いを込めて女の子の名前で呼びかけています。(智礼の時もそうでした)

今回の胎児名は‘シチミちゃん’です。

妊娠がわかった頃に、お腹の中の赤ちゃんが男か女かを智礼に聞いた時に

お腹の赤ちゃん、という事実をはっきりわからないはずなのに必ず『女』『妹』と答えたのです。

妊娠6ヶ月目の検診で先生から『100%女の子』と言われて、パパは大喜び。

智礼も私のお腹に『シチミちゃん、元気ですか?』と話しかけてイイコイイコしてくれます。


甘えん坊でスネ屋の智礼はシチミちゃんが産まれたら、どう変わるのでしょうか。

周りの人達は『智くんは、絶対に優しいお兄さんになって妹を可愛がるよ』といってくれます。

初めのうちはシチミちゃんの存在に戸惑うだろうけれど、きっといいお兄ちゃんになるでしょう。

その前に、残り1ヶ月の妊娠生活。

シチミちゃんを元気にこの世に送り出す大仕事を頑張らなくては、と思います。

 

パパの存在   智礼、お兄ちゃんになる