智礼、お兄ちゃんになる
2001年4月17日。シチミちゃんの出産予定日。
この日私は、とにかく長距離の散歩をした。
二人目の出産は予定日よりも早くなり、分娩時間も短いと聞いていた私は
4月8日の満月頃に産まれるかも、と周りの人に言いまわっていた。
それなのに8日を過ぎても一向に陣痛の兆しが見えず、
『まだ産まれないの?』と周りに人から言われ続けて肩身の狭い思いをしていた。
歩けば少しは進むかなと思い、智礼を昼寝させてから一人散歩に出発した。
これから先のことを考えながら歩いていると、一人でゆったりとした時間を過ごせることが
滅多にないことに気付き、一人でないとできない何かをしたくなった。
でも特に何も思いつかなかったので、チョコレートパフェを食べにいった。
今回の妊娠では体重増加をプラス8キロに抑えようと思っていたので
出来る限り甘いものは控えた生活をしていた。
食べたいものを食べてプラス10キロだった前回の妊娠生活とは違って
今回は食べたら食べた以上に太り、しかも甘いものばかりを食べたくなってしまい
妊娠9ヶ月頃には目標のプラス8キロに届いてしまった。
結局最後の体重測定でプラス9キロ弱。
お医者さんからは最大プラス12キロまでOKと言われていたので、
だいぶ頑張った自分へのご褒美の、チョコレートパフェだった。
日中の散歩の甲斐あって、その日の夜中に陣痛が始まった。
お腹が張るなぁ、と思ったのが9時30分過ぎた頃。
陣痛かなと思い、張りの間隔を計ると6分間隔。この時の時間は11時15分くらい。
12時前に病院に入ってしまうと入院費も一日分、多くとられてしまうからと思っていたが
11時30分頃に破水してしまった。
そしてグッスリ眠る智礼に『ママ、頑張ってくるからね』と言い残して病院へ行った。
病院に着いて2時間21分。
パジャマに白衣を羽織った先生が、七海(ななみ)を取り上げてくれた。
この日から6日、私が入院している間に智礼は毎日お見舞いに来てくれた。
でも「(ママの病院まで)車でお出かけする」ことが嬉しかっただけのようだ。
私を見ても走り寄って来ることもなければ、帰るのを嫌がることもなかったので
私一人が智礼と離ればなれになって寂しい思いをしていたようだった。
入院3日目の夜、智礼と離れているのが寂しくて、せめて声が聞きたくて電話をしたが
それも「電話にでられること」が嬉しかっただけのようで、
少し話しただけで『じゃぁ、おやすみぃ〜!』と元気よく切られてしまった。
退院してきた七海を、智礼は嬉しそうに迎えてくれた。
頭を優しく撫でて『七海、こんにちは』と話しかけている様子に智礼の優しさを感じた。
ゲップをさせようと背中をトントンしていると、シマジロウの人形を同じようにダッコして
背中をトントンと叩いていた。
この頃の智礼にとって、まだ七海はヤキモチを焼くほどのライバルではなかったようだ。
退院して一週間が過ぎた。
ようやく七海がママを独占する存在だと気付いた(かどうかはわからないが)智礼は
寝る前に『ママ、いなくて寂しい』と言って泣き出してしまった。
ダッコしていた七海を布団に置いて智礼を抱きしめてあげたが
『ママにダッコして寝たい・・・』と涙声で言って抱きついたまま離れない。
智礼が落ち着くまでダッコして横になり、泣き叫ぶ七海は母に見ていてもらった。
七海は赤ちゃんだから手が掛かることを智礼がわかるのは、まだ先のこと。
しばらくの間はつらい思いで我慢するのだろう。
それでも『七海をよその人にあげちゃおうか?』と聞くと『嫌だ!』と言う。
きっと優しいお兄ちゃんに成長してくれることだろう。