他人の目
智礼を見る他人の目。
気にならないはずはない。
初めは気付かなかった人が気付いた瞬間が私にはわかってしまう。
私にわかるくらいだから智礼はもっと敏感に感じているだろう。
私は夏でも冬でも、家の中でも外でも智礼の左手は出している。
そうでないと、転んで危ないからだ。
左手を怪我してミトンや包帯をしていると取ろうとするから
智礼自身も左手は出していた方が動きやすいのだろう。
いつの頃からか智礼が人前で左手を隠すような仕種をするようになった。
ロンパースの胸の布に隠したり、右手で左手の袖を伸ばして見えないようにしたり。
その仕種を初めて見た時に、こんなに小さい子供が自分で隠したいと思うくらい
他人の目は辛いものなんだと感じて、泣きたい気持ちでいっぱいだった。
智礼は他人の目や感情に敏感だから、今は私が側にいてフォローしていけるけれど
これから先、精神的に強くならないと生きていけない。
子供が「左手、どうしたの?」と話を聞いてくる時、智礼は子供と一緒になって私の話を聞いている。
ジロジロと見る人を睨む私の険しい顔も見ている。
説明しようとして逃げられた時、私が淋しそうな顔をしていたのも見ている。
自分がその場面にたった時の準備をするように、いつでも智礼は私の反応や態度を見ている。
だから私は堂々としていなければならない。
他人と違う手。だけど恥ずかしいと思うことは何一つ無いし、
隠す必要はない。
見たいなら見れば?そんな視線は気にならないよ、といえる子供に育てたい。
だけどジロジロ見られることはとても不快だし、気になる。
わざわざ他人に見せることはないけれど、さりげなく隠す素振りを
智礼は感じてしまうし、見せることがいけないこと・恥ずかしいこと
だと思ってしまう。
だから隠すという行為は、絶対にしてほしくない。
こんな私の想いを分かってくれた上で、それでも智礼自身が隠すのなら
その時は私も隠すことを止めはしない。
他人の嫌な視線から自分を守ることも必要だと思うから。